不動産売買契約時に本人確認をした場合、登記申請までの間に本人の判断能力が低下した場合に、先にした本人確認の効力は如何に

 昨今、いろいろな場面で本人確認、意思確認がなされるが、不動産取引の際もいくつかの場面で本人確認、意思確認が行われる。

 まず、仲介業者との媒介契約や、不動産売買契約を締結する際に仲介業者によって確認が行われる。売買契約に関連して所有権移転などの登記を司法書士に依頼する際にも司法書士によって確認が行われる。売買代金を支払う際も、出金や送金の際に銀行窓口で確認が行われる。

af0100037634 不動産という高価な財産の売買を行うのであるから、こうした確認が行われるのは当然である。私は司法書士であるが、私が確認する内容は、本人であることに間違いはないか、売却または購入することに間違いはないか、売買対象の物件に間違いはないかということに加え、本人は売買するこということを正確に認識しているかという判断能力についてもいくつかの会話の中から確認をすることになる。

 ところで、司法書士がこうした不動産取引の場面で登場するのは、最終的な残金清算の場面であることが多い。といってもイメージが湧かないと思うので、一般的な不動産取引の流れを少し解説しよう。

 不動産を売却したいと考える売主は、不動産業者に媒介を依頼し、買主を探してもらう。もちろん、その逆もある。不動産の購入を希望する買主は、不動産業者に媒介を依頼し、売り物件を探してもらう。

 ともあれ、ある物件について買主と売主とが売買しようということになり、不動産売買契約が締結され、買主は売主に対して手付金を支払う。そして、残金はいついつまで(諸条件にもよるが、一般的には2~3か月程度)に支払う、残金を支払った際に所有権を買主に移転するという約束がなされる。

 不動産売買契約が締結されると、買主と売主は、残金清算に向けていくつかの準備を行うこととなる。例えば、買主は購入資金の融資を銀行に依頼する。売主は、近隣の所有者との間で物件の境界確定作業を行う、などである。

 そして、諸条件が整うと、いよいよ残金清算の日が決まる。

 実は、司法書士が売主・買主に初めて会うのはこの残金清算の日であることが多い。もちろん、それまでに登記手続を中心に準備をしているのであるが、本人に会うのは残金清算の日であることが多いのである。

 そして、残金清算の日に司法書士は初めて本人に会って、本人確認・意思確認を行うことになる。

 では、例えば、売主が高齢で判断能力の減退が疑われたり、体調不良などで残金清算の日に出席できないというような場合はどうするかというと、不動産業者が事前にその情報を司法書士に伝え、残金清算の日に先だって司法書士が本人と面談するというようなことも決してすくなくない。

 今回依頼されたケースは、契約締結から残金清算までの間が半年以上もある。その理由は。契約締結時に売買代金の8割が支払われ、売主はそのお金で代替地を購入して住宅を建築して転居し、転居を済ませてから残金の清算を行うという内容だからである。8割も払うのであるから契約締結時に所有権を移転するという方法も考えられるが、いろいろないきさつで、所有権移転は残金清算と引き換えに行うということになっている。

 さて、今回の売買物件の売主は親子共有であるが、親は91歳と高齢であり、不動産業者としては残金清算までの間に万が一のことがあったり、残金清算時に著しく判断能力が減退して司法書士の本人確認に耐えられなくなってしまうことを心配し、契約締結時に本人確認・意思確認をして欲しいということであった。

 そこで、司法書士として契約に立ち会ったところ、91歳の母は矍鑠として、会話のレスポンスも健常人そのもので何の問題もなかった。気が早いかもしれないが、登記の委任状にもサインをもらった。そこで、不動産業者が一言。

 「これで、残金清算の際には会わなくてもいいですよね」

 みなさんはどのように考えるだろうか。すでに本人確認をしているから半年後の残金清算時に再度意思確認をしなくてよいのか。仮に、その半年の間に急激に判断能力が低下したという情報が入った場合に残金清算を控えてどのように対応をすべきか。さらに、急激な判断能力の低下により、その半年間に成年後見人が選任された場合にはどのように考えるか。

 私の場合、残金清算時に本人確認を行うという習性がついているためか、直感的には、残金清算時に再度本人確認をすべきだという考えがまず頭をもたげる。しかし、本当にそうだろうか。もしそうだとしたら、残金清算時に本人が判断能力を著しく欠いていたら、取引を中止してもらうしかないのか・・・・・・。

 そもそも、何のために本人確認をするのであろうか。司法書士という立場から言えば、本人と司法書士との間に登記代理委任契約が真性に成立したという証拠を残し、確信を得るために本人確認をするのではないだろうか。

 であるとすると、今回のケースでは、契約締結に立ち会った際に本人と司法書士との間で登記代理委任契約が成立したと考えられないだろうか。もちろん、その内容はシンプルではなく、売買契約に定められた諸条件が整って、売買代金残金が支払われることになったら、それと引き換えに登記手続することを委任するという内容の登記代理委任契約ではあるが。

 仮にそのような登記代理委任契約が成立したと認定できる場合、その後、残金清算までの間に本人の判断能力が低下した場合、登記代理委任契約に何らかの影響を及ぼすだろうか。

 少なくとも、「判断能力が衰えた場合には登記代理委任契約は解除される」という特約でもない限り、民法の規定に照らせば登記代理委任契約が解除されることはない。むしろ、本人の判断能力が低下したことをもって「登記できない」という判断を下した場合、委任契約上の債務不履行責任を問われる可能性すらある。

 では、残金清算までの間に本人に成年後見人が選任された場合はどうか。民法111条は代理権の消滅事由を規定しているが、代理人が後見開始の審判を受けたときは代理権は消滅すると定めているものの、本人側の要因として代理権が消滅すると規定しているのは死亡だけである。

 そのように考えると、今回の場合、敢えて残金清算時に再度本人確認をする必要はないのかもしれない。

 しかし、そのように考えるのであれば、委任契約締結時に、単に登記手続の委任状をもらうのではなく、その契約内容を明らかにして説明したうえで委任契約を締結すべきであるのかもしれない。

「これで、残金清算の際には会わなくてもいいですよね」

 この質問に答えるのに要した約1秒の間に頭の中で考えたことを言葉にすると以上のとおりとなる。

さて、みなさんはどのように回答するのであろうか。